2017年12月31日日曜日

『江副浩正』読んで、2017年の年の瀬に思う


この年末、馬場マコト氏と土屋 洋氏の筆による『江副浩正』(日経BP)を読んだ。

僕のリクルートの入社は名古屋支社であり、江副さんとの接点はほとんど皆無だ。江副さんを感じるものは多くの文字によるメッセージであり、部課長からのフィードバックの印象に尽きる。当時のリクルートには『週刊リクルート』とか『月刊かもめ』という紙の社内報の他に『リクルートNOW』(略称:リクNOW)というVTRテープのトラフィック配送によるビデオ社内報もあったのだが、そちらは具体的な印象が残っていない。

思うに文章には力があったし、それを引き合いに出して考えたり語り合う機会もたびたび日常にあった。部課長のフィードバックにおいては上司の意思が加わってバイアスがかかっているので、より強烈だ。江副さんが神や預言者かのような位置づけで、部課長はかくあるべき御託宣だったというようなフィードバックをするものだから、一層強烈な印象だった。なので、リクNOWとか社員総会で直接メッセージを聞くと「なんか印象と違うなぁ」と感じたものだった。

今回『江副浩正』を読んで思ったことは、一にも二にも僕自身が直接その薫陶を受ける機会が欲しかったということだ。入社して数年後の昭和の終盤にはリクルート事件が勃発して江副さんは第一線から退かれてしまうわけで、残念ながら仕事に関して一対一で話をする機会には恵まれなかった。この本にあるような激動を彼のリーダーシップを直に感じながら生きてみたかったと思う。

一方で不束な考えながらリクルート事件とは偉大なるopportunityだったのではないかという思いを禁じ得ない。これだけの先見性と創業者としてのカリスマ性を持った人物が君臨する企業の次世代へのバトンタッチは恐ろしく難易度が高いものだったのではないか。リクルート事件を機会として、江副さんを支えてきた役員、そして全社が、それこそ皆経営を意識して、それぞれの意思を全うすることができたからこそ今日があるのだと感じた。

とにかく議論が好きで、中途半端に妥協することなく、やりきるための道筋と意志が確認できるまで詰めていく。それができれば、あとは「やる」だけ。リクルートの凄いところは「徹底した当事者意識」であり「妥協のなさ」にある。それは「社員皆経営者主義」を掲げた江副イズムが源流なのだろうと改めて感じた。

高度成長期の昭和から平成のバブル期までは、いち早く情報を得たものがビジネスを制するとされた感がある。一方で平成も10年ほどになるとパソコン利用が拡がり、携帯電話が身近となり、この十年ではスマートフォンの爆発的拡がりをiPhoneが牽引した。誰もが簡単に素早く圧倒的な量の情報を得ることができるようになっていく通信やデバイスの発達の中で、情報を制することでバブル期のように圧倒的なベネフィットを受けることができる機会が全ての人に開かれてきているかのような感覚もまた広がってきた。

が溢れるほどの情報に簡単に触れることができるようになった今、情報そのものが玉石混合になっただけではなく、編集や演出操作によって事実が曲がっている情報もあるし、それを生業としているビジネスも存在する。時代の流れ、特にITの急速な発達と情報を受け取る側のリテラシーにギャップが生まれつつある中で、真に豊かな人生の選択をいかに提供するか、個を尊重し支えあうコミュニティや社会をいかに実現するか、そういったことが強く求められる時代にどのように寄り添って貢献できるのか、そんなことを考えさせられました。

みなさま今年も大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。来年も道と向き合い、決めたことに対しては全力でことに当たります。よろしくお願いします。

0 件のコメント:

コメントを投稿

人気の投稿